2015年2月25日水曜日

(再読)『数奇にして模型』森博嗣

S&Mシリーズ9作目。

何が一番印象に残ったかと言えば、大御坊安朋だ。
肝心のストーリーは、評価に困る。
面白くないわけではないけれど、改めて読んでみて、やっぱりつまらないなぁと感じた。

こんなやついるわけない、と思わせることで容疑者にならないようにしている、というのが最大のトリックなんだけど、うーん・・・

『モンテ・クリスト伯 3』アレクサンドル・デュマ

2巻では主に波乗りシンドバッドを名乗っていたエドモン・ダンテス。今巻から本格的にモンテ・クリスト伯を名乗り始めた。

エドモン・ダンテスとモンテ・クリスト伯が同一人物だという記載はどこにもないけれど、それが理解できる、というのが面白いところだと思う。
まぁ、あらすじ知ってるからなのかもしれないけど。

2巻からずっと登場してたアルベールという男。
核となる物語にどんな関係があるんだ? とずっと気になってたんだけど、今巻の途中で、ようやく分かった。
母親がメルセデスらしい。
ちなみに、ネットの情報によると父親はフェルナンらしいけれど、この巻では、まだ明らかにされていなかった気がする。父親はモルセール伯爵だという記載があるだけだ。

ほかにも、ダングラールやヴィルフォールなども登場して、それぞれがみんな知り合いらしい。数年経っても、まだ互いにつながっていることに驚きを感じる。
もっとも、だからこそ、モンテ・クリスト伯にとっては、彼らに取り入る手間も最小限で済むんだろう。
次は4巻。折り返し地点だ。このあと、どんな感じで復讐していくのか、楽しみだ。

2015年2月19日木曜日

『C.M.B. 28』加藤元浩

『キジムナー』
沖縄の精霊、キジムナーにまつわる一作。
ある男にはキジムナーが付きまとっている。このキジムナーは、一般的に伝えられているキジムナーとは姿形が変わっていて、彼が見張っているせいで、男は嘘がつけない。
キジムナーは、嘘をつくと殺して食ってしまうらしい。
彼の想像するキジムナーがなぜ変わった姿をしているのか、その理由を様々な事情をきっかけとして解き明かしていく。
成長っていうものの、1つの側面を見せてくれる作品に仕上がっていると思う。

『空き家』
刀の鑑定をして欲しいと依頼されて、ある老人が住む家を訪れた。
実は、この家は、もともと持ち主が別の人物だった。
「人が入れ替わったのに近所の人 よく気が付かなかったね」と言う七瀬立樹に対しての榊森羅の言葉が印象的だった。
「え? そう? 近所の付き合いのない人が入れ替わったとして 気付く自信ある?」
若いのに、色々な知識、経験があるだけあって、核心を突いていると思う。
ストーリー自体がどういうものかをここに記すつもりはないけど、近所付き合いが疎遠になっている現代社会に対して警鐘を鳴らす作品のように感じた。

『ホリデー』
上、下からなる2話構成。
紛争中の国に対して、安全保障理事会に停戦命令を出してもらおうと、常任理事国との駆け引きをする場面を描いた作品。
交渉の材料が刺激的だし、言葉遣いも巧み、カマの掛け方も絶妙だ。
こういう交渉力が欲しいなぁと思う。

『Q.E.D. 50』加藤元浩

50巻続いた『Q.E.D.』。
掲載雑誌を変えて『Q.E.D. iff』として再スタートするらしく、『Q.E.D.』としての発売は、今巻が最後だ。

内容は、『観測』、『脱出』という2作品で、どちらも描き下ろし作品とのこと。

『観測』は、マサチューセッツ工科大学時代に知り合った天才美少女サリーが巻き込まれたトラブルに燈馬想が手を貸すという話。
「あなたは立派な科学者にも政治家にも大統領にもなれる素質があるのよ」というサリーの母親。
そんな母親が、
「私のわからないことをやっていても ちっとも偉くないのよ」
と断言した。
この発言がきっかけとなって、サリーは母親と決別する。
自分がやりたいこと、できることを追求している姿が美しいなぁと思った。
たぶん、サリーは燈馬のことが好きだったんだろうなぁ。

『脱出』は、かつて、ある少年が事件を目撃したという話が描かれた後、脱出ゲームを開催してほしいという謎の手紙がお金と共に水原加奈のもとに舞い込むところからスタートする。
少年が成長して何に気付いたのか、それがキーになっているわけだけれど、話作りが面白いなぁと思った。
実現可能なトリックかどうかは正直なところ疑問ではあるけれど、そういう瑕疵を問題にしない面白さがあると思う。
加藤元浩の作品は、トリックというよりも、話作りに重点が置かれているミステリー漫画だと感じる。

今後の作品も楽しみにしたい。

2015年2月16日月曜日

(再読)『今はもうない』森博嗣

S&Mシリーズの8作目。

内容を全然覚えていなくて、読み始めて、なんだこれは、という感じがした。
一人称で記述されてるんだけど、「私」は、笹木という男。

真相を理解したときに感じたのは、叙述トリックとしては微妙なのではないか、ということ。

ただ、作品を通して理解できたことがあるとすれば、西之園萌絵と佐々木睦子は良く似ている、という事実。
この2人が似通った人物だったからこそ、このトリック、もとい作品が出来上がったんだと思う。
あと、今まで全然話に出てこなかった佐々木知事がどのような人物なのかが分かって楽しかった。

(再読)『夏のレプリカ』森博嗣

S&Mシリーズの7作目。

『幻惑の死と使途』に描かれた事件と同時期に起こった事件、萌絵の親友、簑沢杜萌が遭遇した事件が描かれている。

『幻惑の死と使途』と同時期に起こったという理由で、今作は偶数章のみから構成されている。『幻惑の死と使途』は奇数章だ。

萌絵が真相に気づく場面が印象的だった。
チェスのゲーム運びがきっかけになるわけだけど、ゲームの戦略というのは、人の考え方を色濃く反映するものだと思うから、ここから真相を導くというのは、一理あるのかな、という感じがする。

犯人を主体とした描写をして、その主体が犯人とは気付かれないように記述する、というのは、結構な難易度のスキルだと思うんだけど、それが成功しているかどうかは、正直なところ良く分からなかった。

(再読)『幻惑の死と使途』森博嗣

S&Mシリーズの6作目。

マジシャン、有里匠幻がイリュージョンの最中にナイフが胸に刺さって死亡しているのが発見された、というところから、今回の事件は始まる。

『夏のレプリカ』と同時期に起こった事件ということで、この作品は奇数章だけから構成されている。
もちろん、『夏のレプリカ』は偶数章だけから構成されている。

現象が同時に起こったとしても、言葉にするとどうしても直列になってしまう、ということが、このような構成にした理由らしい。
確かに、と関心した。同時に生じた事象を説明するときでも、どうしても順番にならざるを得ない。

初読の際には気づかなかったことだけど、Vシリーズの主要キャラの1人、加部谷恵美が今作で初登場している。まだ中学生で初々しい。

この作品で面白いと感じるのは、犀川が一番最後に語る解釈だ。有里匠幻とは何者だったのか、というところ。こういう考えは、実際にはなかなか出てこないことだと思う。フィクションならではだ。

ちなみに、6作目にして西之園萌絵が事件の真相を警察に説明している。
成長を感じられる1作だ。

2015年2月4日水曜日

(再読)『封印再度』森博嗣

S&Mシリーズの一作。

今回は、結論を言ってしまうと、おそらく自殺だろう、という話で終わるんだけど、自殺の方法が秀逸だった。
常温で液体である金属の存在は知ってるけど、通常は個体だけど融点が100度よりも低い金属の存在は、正直なところ知らなかったから、勉強になった。

『モンテ・クリスト伯 2』アレクサンドル・デュマ

『モンテ・クリスト伯』の2巻。
今巻は、ダンテスが脱獄して、かつてお世話になったモレル商会を助ける一部始終が描かれてる。

ダンテスの脱獄の成功と引き換えに、ファリア司祭は亡くなってしまった。

今巻の最後の方は、ダンテス改めモンテ・クリスト伯が波乗りシンドバッドを名乗って、何か色々なことをやっている。
何をやろうとしてるのか、まだ良くわからない。

最終7巻まで、まだ長い。
じっくり取り組もう。